『市川市塩浜協議会』公式Webサイト開設に寄せて

市川市塩浜協議会
会長 米山芳昭

議長として審議進行中の米山会長

 1971年4月に「市川市塩浜協議会」は、その前身である市川市第3次埋立地協議会が設立されて以来、来る2020年の東京オリンピック開催の年に50周年を迎えます。

 当会は塩浜工業地域の整備等を通じて関係機関との連絡を進め、あわせて会員各位の経済的地位の伸展を図ることを目的として設立されました。顧みますと行政の遠大な計画により京葉工業地帯開発事業の一環として工場用地造成を図るべく、我国経済の成長と共に、私共進出企業も発展を遂げ地域社会に少なからず貢献してきたものと自負しております。

 しかしながら産業構造の重厚長大(ハード)から軽薄短小(ソフト)への変化、バプル崩壊とそれに続く需要の低迷、JR京葉線旅客化によるアクセス改善等の急進的周辺環境の変化もあって、当協議会も新たに塩浜2丁目地区を中心とした会員で市川市塩浜再開発協議会(後の「塩浜まちづくり委員会」)を発足しました。

 さらに二期埋立白紙撤回や第二湾岸道路計画中止等の紆余曲折もあり、当協議会を取り巻く状況は必ずしも平穏なものではなく、会員企業においても土地売却や転出・転入等の変動があり、2001年には三番瀬の再生計画や環境保全、陸域の行徳臨海部再生計画策定協議会の設立等、当協議会としても再び原点に戻っての取り組みが必要となりました。

 その後市川市が、2005年に塩浜地区の将来像を示した「塩浜地区まちづくり基本計画」を策定し、市川塩浜駅周辺を商業施設や宿泊施設などを整備する「賑わいエリア」、海辺には三番瀬と親しめる「自然共生エリア」とする方針を示したことで、2007年6月に市川市を含む地権者5者が「市川塩浜第1期まちづくり推進協議会」(2009年に“市川塩浜第1期土地区画整理事業地権者会”に改称)を設立し、まずは同駅付近から浦安寄りのJR線と護岸に囲まれた三角形状の土地約11・3㌶の区画整理に向けて協議を続けました。2017年4月に県より正式に区画整理事業認可を得て、商業地域・近隣商業地域をベースとした具体的な施設づくりとエリアマネジメント方式による事業地の運営・管理を基本軸として、2020年の街開きを目標に、地権者間において検討・調整を諮っているところであります。工事期間中の交通規制等をはじめ、ご理解・ご協力を頂いた会員の皆様には、深く感謝申し上げる次第でございます。

 当協議会は、会員が公平な負担と利益を享受しつつ、経済的地位の伸展を図り塩浜地区における将来構想を基本に最良の街づくり向けて、あらためてその第一歩を踏み出したところです。急速な情報化も相俟って、迅速な関連情報の提供やさらなる会員同士の情報交換や親睦促進の場として、オフィシャルWebサイトを開設いたしました。何卒ご活用いただけましたら幸甚です。

 関係各位におかれましては、事業の益々のご繁栄を祈念しつつ、今後も変わりませぬご指導とご鞭撻を賜りますようお願い申し上げ、 ご挨拶と致します。

平成30年10月吉日